江戸吉原の引手茶屋の亭主、駿河屋市右衛門(大河ドラマ「べらぼう」で高橋克実さん演じる駿河屋のおやじさま)が、蔦重の耕書堂から出板した吉原遊廓の綺譚集『烟花清談』を中心に、吉原を舞台とする江戸怪談をご紹介する新刊『吉原の怪談』。
書影と目次はこちら。↓
https://hakutakusha.co.jp/book/9784768480052/
いよいよ来月中旬の発売に向けて、以下に本書の前書きにあたる「前口上」を公開いたします。
〈前口上〉怪談の吉原へようこそ
東京大学に「新吉原の怪談(仮)」と呼ばれるかわら版があるそうです(東京大学大学院情報学環図書室/附属社会情報研究資料センター蔵)。それによると安政四年五月なかごろ、吉原****(たぶん店の名)に夜な夜な不思議な出来事があるとのうわさが立ち、それを聞いた三人の男が真相を確かめようとその店に乗り込んだところ店側は大喜びで三人をもてなし、床入りすると女が来てむやみに袖を引くので、客がこれは……、というところで話は途切れ顛末がわからないのは至極残念。
かわら版にかわり、本書が怪談の吉原へとご案内いたしましょう。
江戸時代の吉原(新吉原)は周囲にお歯黒どぶと呼ばれた掘割をめぐらし、町への出入り口は北東(鬼門)側の一か所のみに限られていました。見返り柳を目印に衣紋坂(えもんざか)から五十間道を進むと左手に本書第一章に抄録した『烟花清談(えんかせいだん)』の板元・蔦屋重三郎の耕書堂がありました。
蔦重の店のすぐ先にある大門(おおもん)をくぐると吉原遊廓です。
大門からまっすぐ伸びる大通りは春には桜を植える仲の町。引手茶屋が軒を連ねています。大門をくぐってすぐ左に入る通りは伏見町。大蛙の出た玉屋はここにあったとされています(第二章)。
最初の四つ角の右角には『烟花清談』の著者、駿河屋市右衛門の営む駿河屋がありました。
駿河屋の角を右に入ると江戸町一丁目、ライバルの幽霊をにらみ倒した遊女のいた上総屋があります(第一章)。左側の江戸町二丁目は、狐の客が来た山桐屋(第一章)、狸の客が来た佐野松屋(第二章)、遊女が和尚の生霊に悩まされた和泉屋(第二章)と賑やかです。
仲の町に戻って、その先の辻を右に入ると揚屋町、その突き当たりの西河岸にあったのが化物桐屋(第一章)。左に入ると角町、名妓玉菊のいた中万字屋、心中するはずが自分だけ殺されてしまった紅のいた橋本屋がありました(第一章)。
仲の町のつきあたり、水道尻手前を右に入ると京町一丁目、猫に助けられた薄雲の三浦屋は元禄のころはここにありました(第一章)。左に入ると幽霊に化けた遊女のいた角近江屋のあった京町二丁目。二階に禿の少女の秘密の友だちがいた万字屋、女衒の又七が元遊女の幽霊と暮らしたのもこのあたりです(第一章)。『鬼滅の刃』遊郭編で妓夫太郎・堕姫兄妹が生まれ育った羅生門河岸の長屋は京町二丁目の突き当り九郎助稲荷の手前です(コラム1)。
ここで現代に戻りましょう。江戸時代は行き止まりだった水道尻も現代ではお歯黒どぶが埋め立てられて通行可能です。仲之町通りの右手に九郎助稲荷も合祀されている吉原神社、そのまま道なりに歩いて吉原弁財天の向かいにあるのが遊廓専門書店カストリ書房(コラム2)、史跡散策の折には是非立ち寄りたい書店です。
以上、吉原の見取り図を頭に入れたら大門をお入りください。
本書は、第一章では忘八(遊廓関係者)の記した江戸吉原の怪談集『烟花清談』の翻刻と解説(髙木元)、コラム1では現代の人気漫画『鬼滅の刃』遊郭編から読み取られる吉原怪談(植朗子)、第二章では近世随筆等に見られる吉原の奇談の紹介(広坂朋信)、コラム2では遊廓での聞き取り調査から見た怪談(渡辺豪)、という構成で読者を怪談の吉原にご案内いたします。
狂歌師、大家裏住(おおやのうらずみ)は『烟火清談』の板元蔦屋重三郎の催した百物語狂歌の会で次のように詠みました。
これもちの身でハ猶さらころさるゝ化しやうやしき歟大門の内
はてさて大門の向こうで出会うのは、化粧の者か、化生の物か。ようこそ、怪談の吉原へ。
本書は4月中旬発売予定です。
各ネット書店で予約注文の受付が始まっています。